30分のミニ講義を聴講しよう!17世紀は海の底―大阪湾沿岸域の歩き方―
いまでは、たくさんの人が訪れているインテックスや海遊館、USJがある場所は、実は300年前は海底でした。では、なぜ海底が陸地になり、これらの集客スポットが造られたのでしょうか? 大阪の近代から現代の産業立地との関わりから考えてみましょう。
大阪の大正区、昔の姿は?
17世紀は海の底―大阪湾沿岸域の歩き方―
先生からのメッセージ
夢ナビ講義も読んでみよう地図は時空間を移動できる「どこでもドア」
不自然な国境線には、理由がある!地図帳は、ただ単に地図が描かれているだけでなく、国や地域の資料もあわせて見ることでより深く学べる教材です。地図帳をじっくり眺めると、地名や国名を覚えるよりも、もっと面白く多様な学問の世界が広がっています。
日本は島国なので陸地の国境はありませんが、大陸の国境には地形によって決まる自然国境線と、何かの目的で線引きされた人為的国境線があります。例えば、南米の内陸部にあるボリビアという国を地図で見ると、一カ所だけ不自然に突出した「出べそ」のような国境線が見られます。ボリビアは19世紀の戦争で、チリに海岸線の国土をすべて奪われ、海路からの資源輸出ができなくなってしまいました。その後、隣国との戦争で、ラプラタ川という大きな河川の河口地域まで国境線を伸ばし、川港をつくることで、川から大西洋へ通じる貿易ルートを確保したのです。不自然な凸状の国境線は、ボリビアの経済的な事情から引かれたものだったのです。世界遺産アイアンブリッジは、なぜ山奥にあるのか世界初の鉄橋であり、ユネスコに世界文化遺産として認定されたイギリスのアイアンブリッジは、とても険しい山の渓谷にあります。なぜ山奥に立派な鉄橋が必要だったのでしょうか。それは、この山に鉄の原料が豊富にあり、その流通をスムーズにして製鉄業を盛んにするためでした。この周辺は後にヨーロッパ中に広がっていった産業革命発祥の地です。強固な鉄橋は、当時のイギリス経済を支える屋台骨だったのです。地図を手がかりにタイムトラベルしてみよう!地図だけを見るとただの平面の世界ですが、歴史や経済の動き、国家的な事情などをあわせると、地図からはさまざまな多くの知識を得ることができます。地図は時空間の移動ツールのようなものでもあるのです。自然環境と社会環境を考えあわせ、地図上では点にしかすぎないものも拡張していけば、面白い発見ができるかもしれません。先生からのメッセージ
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